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読書感想文
 
内村鑑三「代表的日本人(だいひょうてきにほんじん)」を読む

上野の山の西郷さん 私が通った小学校には二宮金次郎こと二宮尊徳の銅像があった。あの薪をかついで歩きながら読書している銅像である。小学生の私には銅像の主が何をした人かはわからなかった。中学生になって私は偉人伝というのをよく読んだ。その偉人伝の1つが二宮尊徳についてであった。だが私には二宮尊徳の偉大性はわからなかった。私には偉人といえば織田信長であり、豊臣秀吉でありそして徳川家康であった。二宮尊徳は農業で成功したぐらいしか思わなかった。
 本当に二宮尊徳が偉い人だと気が付いたのはそれから何十年もたって明治の歴史の本を読んでからであった。
 明治4年、岩倉具視を団長とする遺米欧使節団が横浜を出発し、アメリカ・ヨーロッパを回って日本に帰ったきた。使節団は政府の要人たちで占められていた。この使節団はこれからの日本の行くべき道をさぐる使命を帯びていた。
 要人たちは欧米の文明の高さそして社会の豊かさに圧倒された。彼らは日本に帰ると、日本が目指す社会を描いた。それは資本主義をベースにした豊かな国づくりであった。そのためにはまず殖産興業であり、資本主義を発展させることであった。アメリカの豊かさが資本主義にあることを要人たちは気付いたのである。彼らは賢く、なぜアメリカで資本主義が成長・発展したかを追求した。彼らの得た結論は、アメリカ人の多くはプロテスタントで、プロテスタントの勤勉・誠実さが資本主義を成長させたということである。
  マックス・ヴェーバー(Max Weber、1864年4月21日-1920年6月14日、ドイツの社会学者・経済学者)の「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に書かれていることを政府の首脳は見抜いたのである。明治政府は日本において資本主義を勃興させようと企てた。教育はその企てを全面的にバックアップした。教育の目的の1つはプロテスタントのような勤勉・誠実な人間を養成することであった。歴史上の人物から見本になる人物を探すと打って付けの人がいた。その人こそ二宮尊徳である。
 二宮尊徳のような人間を養成する。これが教育の目標になると、全国の小学校に尊徳の銅像が建てられた。

 内村鑑三は英語で「代表的日本人」という本を書いた。この本は5人の人間について書かれている。その1人が二宮尊徳である。他の4人は西郷隆盛・上杉鷹山・中江藤樹・日蓮上人である。キリスト教信者の内村はこれら5人を尊敬すべき偉大な人物として取り上げているのである。最初は少し意外な感じがしたが読みすすむうちになるほど内村が尊敬するのももっともだと納得させられる。
 これら5人に共通していることは、強力な磁石のような人を惹きつける力をもっていることだ。内村はこの「人を惹きつける力」のもとを「徳」としている。かれら5人には徳があったのである。それではその徳は何から生まれるかというと、「無私の精神」であり、「弱いものを助ける慈悲の心」であるといっている。おそらく、これはキリスト教に通づるものであろう。「すべてを投げ打って弱きを助ける」ことはキリスト教の重要な教えの1つである。
 二宮尊徳は農業を復興させる天才であって「無私」とは矛盾するようであるが、内村は尊徳を例にして無私の精神で勤勉・誠実に仕事をすれば豊かになれることを証明しているのである。
 すべてのもとは「徳」であると、内村はいっているようだ。内村にしてみれば、これら5人はキリストと同じくらいの人に見えたのかもしれない。

 私は歴史がたいへん好きである。もし歴史上の人物で1人だけ会えるとしたら、私は西郷隆盛に会いたい。西郷についての本をいろいろ読むと、本当に西郷は魅力的な人だったらしい。西郷と会ったほとんどはその人格に魅せられたという。
 西郷の座右の銘は「敬天愛人」である。天を敬い人を愛すである。そして西郷の魅力の原点を探ると中江藤樹に行き着く。中江藤樹は日本の陽明学の祖として謳われている人だが、私はそれよりも中江がたくさんの人から聖人として慕われたことに興味を覚える。中江も私利私欲とは全く縁のない人であった。

 「豊か」になるために「無私」になる。一見矛盾するようだが真実に迫っている逆説である。二宮尊徳・上杉鷹山・中江藤樹などをみるとこの逆説がやはり正しいことがわかる。敬虔なるキリスト教信者の目から見ても、「徳」は生きる上で最も大切な資質であると「代表的日本人」は私たちに教えてくれる。

 (写真:西郷隆盛像。東京都台東区上野公園)

 

※:写真は、多磨霊園にある内村鑑三の墓所です。

 
 
作文道場内村 鑑三(うちむら かんぞう)。
1861年3月26日(万延2年2月13日)- 1930年(昭和5年)3月28日)。
日本人のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。 高崎藩士内村宜之の長男として江戸小石川に生まれる。
東京英語学校(後の東京帝國大学予備門)入学。
明治9年(1876年)札幌農学校入学。新渡戸稲造、宮部金吾らと同級生。
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