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読書感想文
 
レフ・トルストイ「アンナ・カレーニナ」(ロシア)を読む

 世界文学の傑作といわれている大長編を読むことは若い読者にとっては苦痛を伴なうものであろう。別にその苦痛は無理に経験しなくてもよいものだ。大長編を読むことはどこか登山家が山に挑むのに似ている気がする。何のために大事な時間を費やして小説それも不倫小説を読むのかと問われたとき、私はやはりそこにおもしろい小説があるからだと答えるしかない。命をかけて冬山を登る登山家の気持を少しは私は理解しているつもりだ。 トルストイの「アンナ・カレーニナ」を初めて読んだときの苦痛は忘れられない。ドストエフスキーよりもはるかに苦痛であった。四苦八苦の末、やっと読み終えたとき、内容など反芻する余裕もなく、この長編の冒頭の文章が印象に残っただけである。

「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこも不幸のおもむきが異なっているものである。」<新潮文庫・木村浩の訳による>

 私が「アンナ・カレーニナ」を読むきっかけはフランス文学者の桑原武夫の「文学入門」を読んでからだ。この本の中で、桑原は「アンナ・カレーニナ」のおもしろさにそれこそ口を極めて言及している。桑原はおもしろさをインタレストともいっており、そして、何度も読んだと書いていた。
 私はそんなにおもしろいものならと思い、そして文学とは何かを知りたくて「アンナ・カレーニナ」を読んだのである。しかし、数箇月かけて読み終わったとき、私にはおもしろさはわからなかった。まず、おもしろいとは思わなかった。
 「アンナ・カレーニナ」をおもしろいと思ったのは最初に読んでから20年以上時がたってからだ。このとき、桑原武夫のいっているインタレストがわかった気がした。以来何度も読み返し今日に到っている。今回読みなおしてもやはりおもしろかった。ストーリーはほとんど知っているのにおもしろいのである。
 なぜ、「アンナ・カレーニナ」はおもしろいのであろうか。それを深く考えたらそれこそ桑原武夫のように1冊の本に纏めなければならないが、私なりに簡単にいうと、読者の経験・置かれている状況によっていくらでも違う答がでてくる問題を「アンナ・カレーニナ」が提起しているのが1つの理由のような気がする。「アンナ・カレーニナ」には男と女の恋だけでなく、政治・経済・社会・革命・宗教・哲学・農業などいろいろな分野が輻輳しており、ロシアの上流階級だけでなく、ロシアそして人類全体の運命をも予見されている。私自身、読後感は毎回違っている。今回は、アンナの夫の行為に私は許せないものを感じた。

 アンナ・カレーニナは30歳近い美貌の人妻である。9歳の男の子が1人いる。夫のカレーニンとは20歳近く離れ、カレーニンはペテルブルグの役所に勤めている高級官僚であった。法律まで制定できる権力者であり、もちろん貴族であり、大金持ちであった。
 アンナは兄のオブロンスキー家の夫婦喧嘩の仲裁をするためにモスクワにやってきた。オブロンスキーは女好きで子供の家庭教師に手をだしてしまい、妻から離婚を要求されているのであった。
 アンナはモスクワの駅に出迎えに来てくれたオブロンスキーに会ったとき、ヴロンスキーに紹介された。ヴロンスキーはペテルブルグから汽車に一緒に乗り合わせた老伯爵夫人の息子であった。アンナは車中ずっとこの夫人と話してきたのである。
 アンナとヴロンスキーはお互い一目惚れした。2人は急速に接近した。しかし、ヴロンスキーから求婚されるのを待っていた女性がいた。オブロンスキーの義妹のキティであった。キティは18歳でまもなく社交界にデビューするところであった。
 ヴロンスキー家は名門中の名門の一家で、ヴロンスキーはエリート軍人でそしてハンサムであった。ヴロンスキーは女性にとってはさながら王子様のようであった。
 キティはヴロンスキーに振られた。彼女は心に傷を負ったが、まもなく幸せな結婚をした。相手はリョーヴィンである。リョーヴィンはトルストイの分身といわれており、貴族ではあるが、領地にいて実際に農業経営をしていた。リョーヴィンは哲学的にものを考えたが、性格は誠実そのものであった。
 「アンナ・カレーニナ」はアンナ・ヴロンスキーとリョーヴィン・キティの2組のカップルの生活が平行して描かれている。アンナとヴロンスキーは深く愛しあうが、最後は悲劇が訪れる。夫のカレーニナが離婚を許してくれないので、アンナは行き場を失った状態になった。アンナは日に日に孤独が募っていき、彼女が最後にたどり着いたのは死であった。アンナは列車に飛び込んだ。

 「アンナ・カレーニナ」の初めに<復讐(ふくしゅう)はわれにまかせよ、われは仇(あだ)をかえさん>という聖書の句が掲げられている。アンナは道をはずしたので復讐されたのであろうか。それともアンナが誰かに復讐をしたのだろうか。アンナは知性があり、美貌で優雅で人に優しくそしてなによりも誠実な人であった。アンナは完璧な女性だったのである。しかし、彼女は自らの命を絶たねば(キリスト教では自殺は最悪の行為と規定されている)ならなかった。なぜか?この答を私はこれからも何度も読んで見つけようと思う。

 
レフ・トルストイ「戦争と平和」(ロシア)を読む

 世界最高の小説をあげろといわれたら私はやはりトルストイの「戦争と平和」をあげてしまう。その圧倒的な量と、深さと広がりをもった質は他の小説とは一線を画すものである。芸術的完成度という面では「アンナ・カレーニナ」の方が上かもしれないが、人類の歴史そのものを巨視的な観点から描くという意味では、「戦争と平和」は「アンナ・カレーニナ」を凌駕していると思う。
 何しろ、あの歴史上まれに見る天才そして英雄といわれているナポレオンは「戦争と平和」においてはただの人であり、もっというと、異様な名誉欲・物質欲をもった俗物の権化みたいに描かれている。1812年、ボロジノの戦いで、フランス軍がロシア軍に負けたのはナポレオンが鼻かぜをひいたからだと「戦争と平和」の語り手は揶揄している。ある意味、ナポレオンは大きな歴史のうねりの中心にいる一人のピエロだったのかもしれない。 「アンナ・カレーニナ」の主題は何かを見つけるのは難しいが、「戦争と平和」の主題は厖大な量の作品の割には意外(といっても私は3回読んで初めてわかったのだが)とわかりやすい。

 「戦争と平和」の主人公はピエールである。ピエールはベズウーホフ伯爵の庶子(妾の子)であったが、ベズウーホフ伯爵に可愛がられ、伯爵の死後、ピエールは莫大な財産を譲り受ける。ピエールはロシア一の大富豪になった。その後、ピエールは数奇な運命に出会っていく。
 主人公ピエールと密接に関わりあうのが、ロストフ家とボルコンスキー家である。ロストフ家の当主のロストフ伯爵はトルストイの父方の祖父、ボルコンスキー家の当主のボルコンスキー老公爵はトルストイの母方の祖父がモデルであるといわれている。
 ロストフ家は名門であるが、ロストフ伯爵は人がいいばかりで、最後は破産してしまう。ボルコンスキー家は名門でなおかつ大金持ちであった。ボルコンスキー老公爵は厳格ではあったが、非常にエゴイストでもあった。
 ボルコンスキー老公爵には長男アンドレイ公爵、長女マリアがいた。マリアは最終的にはロストフ家の長男のロストフと結婚する。このロストフ・マリアの夫婦はトルストイの両親がモデルである。
 ピエールは最終的にはロストフ家の娘ナターシャと結婚する。ナターシャはトルストイの妻のソフィアがモデルであるといわれている。
 ピエールとアンドレイ公爵はトルストイの分身である。アンドレイ公爵は行動的・理知的で、ピエールは内向的で思索家で心やさしいが、精神的に弱いところがあった。ピエールはアンドレイ公爵を尊敬しており、2人は仲がよかった。アンドレイ公爵は軍人で、ロシア軍の最高司令官クトゥーゾフ将軍の側近である。

 「戦争と平和」は1805年のアウステルリッツの戦いから1812年のポロジノの戦い・フランス軍によるモスクワ占領・フランス軍のモスクワからの撤退・敗走するフランス軍をロシア軍が追い詰めるまでを扱った大河小説である。ボロジノの戦いでフランス軍は実際には敗れ、フランス軍はモスクワを占拠したとはいえ、結局は破滅の道を歩んだのである。1812年はロシアがナポレオンという獣からヨーロッパを救った年といえる。
 アンドレイ公爵はアウステルリッツの戦いで将軍の副官として戦場に赴いた。彼は軍旗をもって戦場を動き廻ったが、彼の近くで大砲の弾丸が落ちた。アンドレイ公爵は傷つきその場に倒れた。
 アンドレイ公爵は数時間後、目を覚ました。そばにあのナポレオンがいるのを感じた。ナポレオンは意気揚々と戦場の視察をしていたのである。そのとき、アンドレイ公爵は次のように感じた。

<彼(アンドレイ公爵)は全身の血が失われていくのを感じていた。そして自分の上に遠い、高い、永遠の蒼穹(そうきゅう、青い空のこと)を見ていた。彼は、それが自分の憧(あこが)れのナポレオンであることを、知っていた。しかしいまは、自分の魂と、はるかに流れる雲を浮べたこの高い無限の蒼穹のあいだに生まれたものに比べて、ナポレオンがあまりにも小さい、無に等しい人間に思われたのだった。>

 母なる大地を包み込む自然というものからすれば、ナポレオンはちっぽけなものだったのである。
 ピエールはナポレオンを暗殺しようとしてモスクワに残った。モスクワはフランス軍に占拠され、フランス軍の兵士たちによって掠奪された。モスクワは火の海になった。ピエールは放火犯の1人としてフランス軍に逮捕された。彼はフランス軍の捕虜として、その後フランス軍に連れまわされ、最後はロシア軍に助けられた。
 ピエールはモスクワでの捕虜体験を通して、歴史は1人の人間によってではなく、大勢の名もない民衆によって動くことを、実感しそして理解した。
 このアンドレイ公爵とピエールの実感したことが、この大長編の主題の大きな部分を占めているのではないかと私には思われる。

 私は年齢を重ねるごとにトルストイが好きになっていった。学生時代は、正直、明けても暮れてもドストエフスキーであった。中年といわれる頃からトルストイの作品を再び読み返すと、その物語の世界に没頭した。そして何度も読み返した。「アンナ・カレーニナ」も「戦争と平和」も読めば読むほどおもしろくなっていった。特に、「戦争と平和」はおもしろい。なぜこんなにもおもしろいのであろうか。それは「戦争と平和」の中に、正直なもの、真摯なものを発見することができるからだ。いいかえると、「戦争と平和」の中に、人間の真の姿を見、そして人間の真実の声を聞くことができるからである。
 歴史上でも現代でもいいが、英雄といわれている人たちを1人の人間として見、結局彼らも<民衆>の1人だということを実感して初めて<民衆>という言葉は生きてくるのではなかろうか。
 「戦争と平和」の中には英雄はいない。ナポレオンもロシアのアレクサンドル皇帝もみんなただの人である。皇帝も大貴族も将軍たちも運命に虐げられた兵士・農民たちもみんな<民衆>であることを「戦争と平和」は証明したのである。と同時に「戦争と平和」において初めて<民衆>という言葉に血が通ったのではないのか。私は正直、「戦争と平和」を読むたびに血の通った<民衆>そして人間に出会えるのである。それこそ芸術作品のなせるものだと思うが。

 私たちはせっかくこの世に偶然(トルストイはやたらに偶然と必然という言葉を使う)生まれてきたのである。「戦争と平和」を読むか読まないかはそれぞれの自由である。しかし、私にとっては「戦争と平和」を読んでいるときの至福は何ものにも代え難いものである。私は本当の豊かさとは小説好きならどれだけの名作を読んだか、音楽好きならどれだけの名曲を聞いたか、絵画好きならどれだけの名画を見たかだと勝手に思っている。「戦争と平和」はきっと読んだものを豊かにしてくれるものと私は確信している。「戦争と平和」を読むことは人生にとって非常に大きな出来事であることは確かである。

 
レフ・トルストイ「復活」(ロシア)を読む

 文豪トルストイの晩年の傑作といったら「復活」であろう。日本では大正時代、島村抱月が主催する芸術座が「復活」を上演した。カチューシャを演じたのが松井須磨子であった。松井の演技は観客を魅了し、かたや松井は「カチューシャの唄」なる歌も歌った。<カチューシャ、かわいや、別れの辛さ…>という戦前生まれの人なら一度は聞いたことのある有名な歌である。現代では当たり前になっているが、松井は日本で最初の歌う女優であった。
 「復活」は「戦争と平和」、「アンナ・カレーニナ」とは趣の違う作品で、特に違うのは体制批判が主題の1つになっていることである。
 「復活」が書かれたのは19世紀も末で、ロシア革命の直前であった。当時、ロシアの国は乱れ、規律はなく、国中暴力が蔓延していた。皇帝も暗殺された。自由主義・共産主義を唱えるものが増え、ロシア政府は容赦なく彼らを監獄に打ち込んだ。トルストイは横暴なロシア政府のやり方、そして政府の非人道的な民衆に対する扱いに憤りを感じ、それらを「復活」の中で糾弾している。
 「復活」には大きく2つの主題がある。1つは上にあげた政府に対する糾弾であり、2つ目はトルストイ自身の若いときに犯した罪の告白と懺悔である。
 「アンナ・カレーニナ」を書き終わった頃から、トルストイの思想は先鋭化していく。彼は私有財産制を否定し、自分の持っている領地を農民に譲ろうとした。また、宗教的にはよりキリスト教に近づき、聖書を徹底的に研究し、自ら福音書なるものを創ったほどである。トルストイはこの世に神の御国(みくに)を創ろうとしたのである。「復活」はかなり政治色に塗られた作品であるが、芸術作品としてもかなり質が高い。さすがトルストイの筆になったものである。「復活」を質の高い芸術作品にしているのは、やはり愛する男と女の心の中を見事に描写しているからであろう。

 「復活」の主人公は貴族のネフリュードフと娼婦のカチューシャである。ネフリュードフはある面においてトルストイの分身である。
 ネフリュードフは陪審員としてある裁判に出た。そのとき、彼は被告人の中に見知った女を発見した。彼女は盗みそして殺人の罪で起訴されていたのである。彼女の名前はカチューシャといった。実は、ネフリュードフは大学生のとき、伯母の家の小間使いであった少女といってもよいカチューシャをうまくだまして犯したのであった。その後ネフリュードフを愛していたカチューシャは自分が騙されていたことに気付いた。彼女はネフリュードフの子供まで身ごもったのである。
 ネフリュードフに捨てられたカチューシャは娼婦の身に落ち、社会の最下層で虫けらのように生き抜いたのである。そして客との間で事件に巻き込まれたのである。
 一瞬にしてカチューシャの状況を理解したネフリュードフは深い罪の意識に陥り、カチューシャを救おうと決意する。また、彼はカチューシャと結婚しようとした。ただ、ネフリュドフの告白を聞いたカチューシャは彼を許そうなどとは思わずうまく利用しようとした。
 カチューシャは有罪となり、シベリア送りになった。ネフリュードフはありとあらゆる手を打って、カチューシャを無罪にするよう動いた。ネフリュードフもカチューシャの後を追ってシベリアへと向かった。
 最終的には、ネフリュードフに心を閉ざしていたカチューシャも昔のように彼を愛するようになった。しかし、彼女はネフリュードフの結婚の申し込みを断った。カチューシャは同じくシベリア送りになった政治犯と結婚することにしたのである。カチューシャはネフリュードフに迷惑が及ぶのを避けたのである。
 カチューシャはネフュリュードフから去っていったが、ネフリュードフの勤めは終わらなかった。彼はカチューシャの幸福だけでなく、ロシアそして人類の幸福を考えていたからである。彼はそのためにキリスト教により近づくことを選択した。

 「復活」を読むと、19世紀末のロシアの閉ざされた状況の中で、トルストイが必死になって人類の救済を叫んでいる姿が髣髴としてくる。
 トルストイは人類の幸福を考え抜いた大芸術家であった。

作文道場レフ・トルストイ
 1828年 - 1910年。19世紀ロシア文学を代表する巨匠。ヤースナヤ・ボリャーナに地主貴族の四男として育つ。ルソーを耽読し大学を中退後、暫く放蕩するが、従軍を機に処女作「幼年時代」などを発表。賞賛を受ける。続いて「戦争と平和」「復活」などを発表。1910年、家出の10日後鉄道の駅長官舎で波乱の生涯を閉じた。(新潮文庫より抜粋)
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